ブランディング戦略の立案では、ターゲットや自社の提供価値、市場でのポジショニング、独自性などあらゆる観点で思考を巡らせる必要がある。
そこで活用したいのがフレームワークだ。
思考の整理に役立つほか、自社の意外な優位性や最適なターゲットが見つかることもあるため、スルーせずに取り組んでほしい。
本記事では、
「ブランディングで考えるべきことが多すぎて整理できない」
「ありきたりな回答しか思いつかない」
「フレームワークを活用して、徹底的にブランディングを立て直したい」
といった課題や悩みを解決するため、ブランディングにおいて活用できるフレームワークについて詳しく解説していく。
1.ブランディングの環境分析・自社分析で活用するフレームワーク3つ
ブランディング戦略の策定は、大きく分けて環境分析・自社分析→全体戦略→個別戦略の順に進めていく。
まずは、出発点となる環境分析・自社分析に活用できるフレームワークを見ていこう。
ブランディング戦略の立案プロセスについては、以下の記事でも詳しく解説しているため、参考にしてほしい。
1.1.ブランディングにおいて環境分析・自社分析が必要な理由
ブランディングにおいて環境分析や自社分析が必要な理由は、いかに現状・事実を理解しているかが「差別化」の命中度を左右するためだ。
ブランディングは、顧客と深く長い関係を構築し、自社のファンになってもらうことを目的としている。
顧客がファンになってくれるのは、サービスの使いやすさ、対応の速さ、サポートの手厚さなどが他社よりも優れており、自社に価値を感じるからだろう。
よって、ブランディングは、他社や市場の状況と、自社の強みを理解できていなければ始まらない。
これらの作業を効率的かつ漏れなく行うためには、市場環境や顧客理解を研究して作られたフレームワークが不可欠だ。
1.2.ブランディングの環境分析・自社分析に役立つフレームワーク3選
ブランディングの環境分析・自社分析に役立つフレームワークを3つ紹介する。
- PEST分析
- 3C分析
- SWOT分析
詳しく見ていこう。
PEST分析
PEST分析とは、自社と自社を取り巻く外部環境を、マクロ的視点で分析するフレームワークを指す。
経営学者でマーケティングの大家であるフィリップ・コトラー氏が提唱したフレームワークの一つだ。
PEST分析は、マクロ環境を「政治」「経済」「社会」「技術」の4つの要素に区分し、俯瞰しながらそれぞれの状況を洗い出す。
この分析により、自社が置かれている周辺環境を浮き彫りにできるのだ。
- Politics :政治的要因
- Economy :経済的要因
- Society :社会的要因
- Technology:技術的要因
各要素は、以下の性質をもっている。
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PEST分析により、市場や外部環境の変化に適応したブランディング戦略の方向性を導ける。
具体的には、税制改正・労基法改正や、生成AIのような新たな技術革新に応じたブランディングにより、変化へ対応しながら顧客の共感や安心を得ることができる。
その結果「長期的な顧客との関係構築」につながり、「他社と差別化された価値提供」を行えるようになるだろう。
3C分析
3C分析は、ビジネスの成功に必要な「顧客(Customer)」「競合(Competitor)」「自社(Company)」の3つの要素を総合的に評価し、自社が市場で競争優位性を築くための戦略を導くフレームワークだ。
- 自社(Company) :自社の強みと弱みを分析する
- 競合(Competitor):競合他社の動向を調査する
- 顧客(Customer) :顧客ニーズの理解を深める
3C分析は、自社製品・サービスのポジションを市場や顧客視点で客観視できるため「誰に対して何をどのように打ち出すか?」「提供価値をどのように設定し、表現するか?」を考える際に有効だ。
それぞれの要素は、以下の性質をもっている。
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SWOT分析
SWOT分析とは、自社を取り巻く内部環境および外部環境を評価し、戦略的な意思決定を支援するためのフレームワークだ。
自社の強み・弱みと市場機会・市場脅威を客観的に整理し、それぞれを組み合わせながら分析する。
これにより、市場環境を反映した自社の現状や課題が可視化され、将来の戦略策定やリスクへの対策につなげられるだろう。
SWOTの4要素は、それぞれ以下の役割をもっている。
- 強み(Strength) : 企業の内部資源や能力を評価
- 弱み(Weakness) : 改善が必要な内部の課題を特定
- 機会(Opportunity): 外部環境の有利な要因の洗い出し
- 脅威(Threat) : 外部環境のリスクを評価
1.3.環境分析・自社分析を行う際の注意点
環境分析や自社分析で上述したフレームワークを活用する際は、各フレームワークでの結果を関連付けて考察することが重要だ。
例えば、PEST分析で「新たな市場機会」を見つけたとしよう。
「新たな市場機会」を導き出せば、3C分析の一つを構成する「顧客(市場)」が定義付けられる。
そして、ターゲットとする顧客や市場が定まれば、SWOT分析の4要素それぞれに影響を与える。
自社の強みと市場機会がマッチしていれば、その強みから生まれる価値を積極的に打ち出す戦略を狙うべきだろう。
具体的には「生成AIの普及が確実視される市場で(技術的要因)、他社製品にはないAI技術を活用した機能を搭載することで差別化を図り(強み)、まだ未開拓の市場に打って出る(機会)」のように、裏付けをもった戦略を描ける。
以上のように、ぞれぞれの分析項目は相関関係にあるため、マクロ目線のPEST分析からスタートして、3C分析、SWOT分析につなげる流れを意識することが重要だ。
2.ブランディングのターゲット設定に最適な「STP分析」
ブランディング戦略において、ターゲット設定を実践する際に役立つフレームワークが「STP分析」だ。
STP分析とは「Segmentation(市場の細分化)」「Targeting(ターゲットの選定)」「Positioning(ポジショニング)」の3つのステップを通じて、特定の顧客層に対する効果的なブランディング戦略を導く手法を指す。
ここからは、STP分析の具体的な手順を詳しく見ていこう。
3つの手順を通じて、自社の狙うべきターゲットを明らかにしてほしい。
手順①:セグメンテーション(Segmentation)の設定
セグメンテーションの設定は、市場を細分化し、異なるニーズや特性をもつ顧客グループを識別するプロセスだ。
ブランディング戦略では、セグメンテーションにより、特定の顧客グループに対して最適化されたアプローチが可能となる。
例えば、クラウド型会計ソフトに代表される統合型経営プラットフォームを提供する「freee」は、企業規模(売上高)を軸に顧客をセグメンテーションし、それぞれ異なるコミュニケーション手段を展開している。
手順②:ターゲティング(Targeting)
STP分析におけるターゲティングは、セグメンテーションにより細分化した市場のなかから、自社の製品やサービスに最も適した顧客グループを選定するプロセスだ。
そして、どのセグメントが最も大きなビジネスチャンスをもたらすかを評価する。
上述の「freee」を例に見ると、大企業向けには包括的なエンタープライズ版を、中小企業や個人事業主向けにはコストパフォーマンスの高いパッケージ版を提供するなど、ターゲットによってラインアップを最適化している。
手順③:ポジショニング (Positioning)
ポジショニングは、選定されたターゲットセグメントに対して、競合他社との差別化を図りながら自社ブランドの提供価値をどのように伝え、受け入れられるかを決定するプロセスだ。
ブランディング戦略におけるポジショニングでは、ターゲットの心にどのような印象を残すかに重点を置く。
例えば、BtoBビジネスを展開する「Zendesk」は、カスタマーサポートに特化したソフトウェアを提供している。
同社の特徴は、サポート品質だけではなく、サポートを通じた顧客体験向上を目指す企業のベストパートナーとしてポジションを築いている点だ。
3.ブランド提供価値の構造化のためのフレームワーク
ブランド提供価値とは、ブランドやサービスが顧客に与えるベネフィットを指す。
単なるサービスの機能や特徴ではなく、顧客視点で考えることが重要だ。
他社にはなく、ターゲットにハマる提供価値であるほど、ブランディングの効果は高まっていく。
ブランド提供価値は、大きく以下の2つに分類される。
- 機能的価値:製品・サービスが機能や品質を通じて顧客へベネフィットを提供する直接的な価値
- 情緒的価値:ブランドが発信するメッセージによって、ターゲット顧客が感情を揺さぶられ幸福感に浸れる状態
ブランド提供価値は単独で考えるのではなく、フレームワークで分析したターゲットや市場状況に応じて設定する必要がある。
よって、上述のSTP分析や3C分析は、提供価値を規定する際にも役立つだろう。
そのほか、ブランド提供価値を設定する際に活用できるフレームワークとして「バリュープロポジションキャンバス」が挙げられる。
詳しくは以下の記事でも解説しているため、参考にしてほしい。
3.1.「ブランドの扇」によるブランド提供価値の構造化
上述したフレームワークで導き出された分析結果も含めながら、ブランド提供価値の要素を構造化し、ブランディングの全体像を洗い出していく必要がある。
構造化に取り組むにあたって紹介するのは、山口義宏氏の著書「デジタル時代の基礎知識『ブランディング』「顧客体験」で差がつく時代の新しいルール」において提言された「ブランドの扇」と呼ばれるフレームワークだ。
※出典:山口 義宏 著,デジタル時代の基礎知識『ブランディング』 「顧客体験」で差がつく時代の新しいルール
「ブランドの扇」は、ブランディング戦略において、ブランドの提供価値をより具体的かつ視覚的に理解するためのフレームワークだ。
扇の形を模したこのモデルは、ブランドの中心にある「コアバリュー(ブランドの中核となる価値)」から、広がるように複数の要素がつながっていくことを表す。
「ブランドの一貫性や統一感を保ちながら、ブランドが顧客にどのような価値を提供し、顧客とどのような関係を築くべきか」というブランディングで最も重要となる概念を整理し、戦略立てを行う際の指針となるだろう。
ここからは「ブランドの扇」の各要素の特徴や具体例を紹介していく。
5つの要素を細かく分析し、全体を統合することで、一貫性のあるブランディング戦略の指針ができあがる。
その結果、広告やWebサイトなど、さまざまなチャネルを用いたブランディング施策としてやるべきことが明確化されるだろう。
ブランドターゲット
「ブランドの扇」の頂上に位置するのが、ブランドターゲットだ。
ブランドが理想とする価値観に、最も共感する象徴的な顧客像といえる。
すなわち、第2章で設定したターゲットが、ブランドの扇の頂点に位置する。
例を挙げれば、アップルのブランドターゲットは「革新的なテクノロジーを愛し、デザイン性にもこだわる、高いステータスを求める層」と表現できるだろう。
コアバリュー(ブランドエッセンス)
「ブランドの扇」の中心に位置するのが、ブランドの中核となる価値(コアバリュー)だ。
コアバリューは、ブランドが顧客に提供する、最も本質的かつ根本的な価値や信念であり、一貫したブランディング戦略を実現する「核」となる。
さらに掘り下げていえば「ブランドが何を目指し、どのような価値を提供するのか?」を簡潔に表現したもので、ブランドがもつアイデンティティそのものといえるだろう。
コアバリューは通常、数個のシンプルな言葉やコンセプトで表現され、すべてのブランディング戦略やマーケティング活動、製品開発の根拠としての役割を担う。
例えば、OBIC7に代表されるシステムインテグレーション事業を展開するオービックは「ワンストップ・ソリューション・サービス」をコアバリューとしている。
同社の強みは、システム開発からコンサルティング、導入後のサポートまでを自社で一貫提供している点だ。
この強みにより、同社は業界のなかで高い労働生産性を誇っている。
ブランドパーソナリティ
ブランドパーソナリティとは、ブランドがもつ独自の性格やブランドから感じられる雰囲気を指す。
具体的には、ブランドを人間に見立てて、どのようなキャラクターなのかを表現するものであり、コミュニケーションやビジュアルデザイン、トーン&マナーに大きな影響を与える。
ブランドパーソナリティーに一貫性をもたせることで顧客に強い印象を与え、感情的なつながりを形成できるだろう。
参考として、こちらの記事では、法人向けバックオフィスSaaS事業を展開するマネーフォワードのコミュニケーションデザイナーが、実際にブランドパーソナリティを再定義した際のプロセスを紹介している。
ブランドパーソナリティができ上がるまでのリアルな過程が記されており、実践に役立つため、ぜひ参考にしてほしい。
参考:マネーフォワード クラウド 新ブランドパーソナリティ策定プロセス
https://note.com/shogoskgm/n/n674ec971d443
ブランド提供価値(機能的価値・情緒的価値)
コアバリューから派生するブランド提供価値は、顧客がブランドに期待する具体的なベネフィットを表現する。
このベネフィットは、前項で解説した機能的価値と情緒的価値から成り立つものだ。
2つの価値が、顧客にとって「なぜこのブランドを選ぶのか?」という問いに対する答えとなる。
ブランド提供価値はブランドの差別化要素であり、競争優位性に影響を与える要因だ。
具体的な事実・特徴
冒頭で述べたように、ブランディング戦略の出発点は、環境分析と自社分析だ。
第1章で紹介した各種フレームワークによる分析結果が、現在の「事実」としてブランドの土台となり、扇の最下層に位置する。
4.フレームワークを利用する際の3つのポイント
最後に、これまで紹介してきたフレームワークを利用する際の3つのポイントを解説する。
- 1つのフレームワークに依存しない
- 客観的な視点を大切にする
- 定期的に分析を行い、改善する
それぞれ見ていこう。
ポイント1.1つのフレームワークに依存しない
フレームワークは、事実の把握や思考の整理に役に立つが、フレームワーク上の回答が「全て」ではない。
上記で解説したフレームワークでも、異なる視点からターゲットや市場でのポジショニング、提供価値などを規定できることがわかったはずだ。
複数のフレームワークを活用すれば、より広い視点での分析と柔軟な思考が可能となり、ブランディング戦略の最適解を生み出せるだろう。
フレームワークを完全なものと思い込まず、全体のバランスを見ながら戦略策定に活かしていこう。
また、戦略策定初期のブレスト段階と、戦略を規定してまとめる段階で、フレームワークの使い方を変えることもおすすめだ。
(前者はできるだけ多くのフレームワークで思考を広く深める、後者は戦略の整理のために1つのフレームワークに絞る、など。)
ポイント2.客観的な視点を重要視する
フレームワークを活用した分析は、できる限り主観を排除し、客観的な事実を用いて精度を高めていこう。
ブランディングでは「顧客」から価値を感じてもらうことが重要であり、顧客視点を徹底しなければならないためだ。
主観を排除するには、企業の異なる複数の部署で同様のフレームワークを実施し、結果を照らし合わせたり、経営陣だけではなく一般社員やアルバイトなど、あらゆる場所から意見を取り入れたりする取り組みが有効だ。
また、既存顧客に対するアンケートや、外部サービスを用いた市場調査なども活用できる。
ポイント3.定期的に分析実施を行い、改善する
ブランディングは、企業がある限り続く「半永久的」な取り組みだ。
既存顧客との関係性を深めるだけではなく、新たな顧客にも自社のブランドに対して魅力を感じてもらい、ロイヤルカスタマーを増やしていくことで、企業の収益力が安定し、ビジネスの好循環につながる。
しかし、一度分析した市場環境や顧客ニーズも、時代とともに変化する。
よって、フレームワークで分析した結果や導き出した結論についても、定期的な見直しが必要だ。
フレームワークを繰り返し活用しながら、自社内部環境の変化、自社を取り囲む外部環境への理解をブラッシュアップさせていこう。
5.まとめ
本記事では、ブランディング戦略を策定するうえで便利なフレームワークと、活用する際の手順や注意点を解説してきた。
それぞれの特性を理解したうえで、目的に合ったフレームワークを選択しよう。
また、フレームワークを使った分析は、一度したら終わりではない。
定期的に最新の情報を取り入れながら、分析と改善を繰り返すことが重要だ。