顧客ロイヤルティは、一般的に「顧客の愛着、忠誠」という日本語で表現される。
BtoCのマーケティング領域で重視されるが、近年はBtoBにおいてもさまざまなメリットを生み出すことで知られる。
特にSaaSビジネスなど「継続性」が重視される分野では、顧客ロイヤルティの高低が収益力の差となって現れる。
- 「製品やサービスは良質だが、他社との差別化がむずかしい」
- 「価格や機能での訴求に効果が見られない」
- 「SaaSビジネスの契約継続率が上向かない」
といった課題がある場合は、顧客ロイヤルティの向上に取り組むべきだろう。
ここでは、顧客ロイヤルティの定義やBtoBにおけるメリット、SaaSビジネスに特化した対策のポイントなどを解説する。
1.顧客ロイヤルティとは?BtoBにおけるメリット
まず、顧客ロイヤルティの定義とBtoBにおけるメリットについて理解しておこう。
1.1.定義
ロイヤルティは本来「愛着・信頼」などを表す言葉だ。
つまり、顧客ロイヤルティとは「顧客が自社に対して感じている愛着心や信頼」と理解できる。
顧客ロイヤルティが高い顧客は、契約継続率が高く、アップセルやクロスセルなど営業面でのアプローチにも良い反応を見せる。
結果的にLTV(Life Time Value:顧客生涯価値)が増大し、ビジネス全体のパフォーマンスを押し上げる要因になり得る。
余談だが語感が似ている「ロイヤリティ」は全く別の意味なので注意しておこう。
ロイヤリティは「権利によって発生する使用料(または収入)」を指す言葉であり、ロイヤルティとは根本的に異なる。
1.2.BtoBにおける顧客ロイヤルティ向上のメリット
冒頭でも触れたように、顧客ロイヤルティはBtoCで重視されてきた。
しかしBtoBでもメリットがあることが知られるようになり、近年は重要度が増している。
以下は、BtoBにおける顧客ロイヤルティ向上のメリットだ。
メリット①収益力向上が容易
顧客ロイヤルティ向上のための施策は、「既存顧客」を対象とする。
既存顧客は、すでに取引実績のある顧客であり、少なくともお互いに「価値を提供しあった」という信頼がある。
この信頼をベースがあるために、新規顧客を開拓するよりも売上を上げやすい。
優れたパフォーマンスを発揮している企業は、「ロイヤルティリーダー」であることが多い。
ロヤルティリーダーとは、業界において高い水準で顧客ロイヤルティを維持している企業のことだ。
ロイヤルティリーダーは軒並み低コストで高成長を実現している。
これは「既存顧客を対象とした効率の良い売上向上」が支えている。
つまり顧客ロイヤルティを向上させた結果なのだ。
メリット②LTVが圧倒的に高い「推奨者」を獲得できる
顧客ロイヤルティの向上に取り組むと、「推奨者」によって売上の増大が期待できる。
推奨者とは、文字どおり自社の製品やサービスを他者に推奨してくれる顧客だ。
推奨者は通常の顧客に比べてLTVが圧倒的に大きい。
調査結果によって差があるが、通常の顧客比で数倍のLTVが確認されたという報告がいくつも挙げられている。
メリット③クチコミ効果による「購入検討候補」への推奨
顧客ロイヤルティのメリットとしては「クチコミ効果」も挙げられる。
クチコミ効果はBtoCほどではないにせよ、BtoBでもある程度作用する。
クチコミ効果によって業務担当者レベルの評判が高まると、各社で「導入候補」に入る確率があがるからだ。
ただしBtoBでは「個人のロイヤルティが高い=購入」とはならない。
一方で、BtoB向けのレビューサイトなど信頼性の高いメディアへの投稿は、新規顧客との出会いにつながるため、一定の効果が見込める。
こうしたレビューサイトへの投稿も顧客ロイヤルティが高まった結果であると言える。
IT領域の代表的なレビューサイト
ITreview
トータルクチコミ件数は12万件以上(2024年6月現在)。SaaSだけでなく、インフラやセキュリティソリューションまで幅広い領域の製品が掲載されており、クチコミが見れる。
Boxil
SaaSに特化した製品比較サイト。クチコミも多数投稿されている。製品によっては数百件以上もクチコミが投稿されているものもある。
ITトレンド
SaaSに限らず幅広い製品が掲載されており、クチコミ機能もある。ただし、前述の2サービスと比べるとややクチコミ数が少ない印象。
2.顧客ロイヤルティ向上の鍵は数値化 指標と測定方法
顧客ロイヤルティ向上のためには、定量化が必須だ。
誤解されることが多いが、顧客ロイヤルティは単に「愛着」「信頼」を表すわけではない。
愛着や信頼を数値化、指標化したものが顧客ロイヤルティだ。
したがって、顧客ロイヤルティを向上させるには愛着や信頼を測定可能な状態にしておかなくてはならない。
顧客ロイヤルティの測定方法としては以下3つが有力だ。
2.1.「推奨率(おすすめ率)」を数値化するNPS
ネット・プロモーター・スコア (NPS) は、顧客ロイヤルティの測定方法として最もよく知られている。
NPSでは、顧客に対して「あなたはこの製品/サービスを友人や同僚にどの程度勧めたいですか?」と質問し、0から10の10段階で評価してもらう。
回答者はスコアによって推奨者(9-10)、中立者(7-8)、批判者(0-6)に分類される。
このスコアをもとに算出した値がNPSだ。
具体的には以下の計算式で表現される。
- NPSの計算式 =
「推奨者(評価9と10)の割合」-「批判者の割合(評価1から6)」
例えば10人の回答者のうち、推奨者が3人(30%)で批判者が2人(20%)だった場合は、「30-20=10」がNPSのスコアだ。
NPSスコアが高いと、「推奨者の割合が多い状態」だと認識できる。
すなわち顧客企業の意思決定者が、他者に推奨してくれる確率が高いと言える。
2.2.CSAT(カスタマーサティスファクションスコア:顧客満足度)
顧客満足度 (CSAT) は、文字どおり顧客の満足度を測定する指標である。
顧客ロイヤルティは満足度とも強い相関があるため、CSATを活用することも多い。
CSATでは、製品やサービスの利用後に「この製品/サービスにどの程度満足していますか?」といった質問を投げかけ、1から5の5段階で評価してもらう。
さらに、満足度の高い(4~5)回答の割合を、全体の回答数で割り、パーセンテージで表したものがCSATのスコアだ。
- CSATの計算式 =
「満足度が高い(4,5)との回答数」÷「全回答数」×100
回答数が100で、満足度4及び5の合算が40だった場合は、CSATが40%と表現できる。
BtoBにおいては製品の品質のみならず、サポートの質も含めながら顧客体験にフォーカスして顧客満足度を調査していきたい。
2.3.NRS(ネットリピータースコア:正味お客様継続率)
ネット・リテンション・スコア (NRS) は、顧客の維持率を測定するための指標である。
NRSを用いることで「離反リスク」の可視化が可能だ。
NRSは、顧客に対して「今後もこの製品/サービスを利用し続けますか?」と質問し、0から10の10段階で評価してもらう。
回答者は維持意向者(9-10)、中立者(7-8)、離脱意向者(0-6)に分類し、維持意向者の割合から離脱意向者の割合を引いた値をスコアとする。
- NRSの計算式 =
「維持意向者(評価9と10)の割合」-「離脱意向者の割合(評価1から6)」
例えば維持意向者が20人で離脱意向者が5人の場合のNRSは「20-5=15」になる。
SaaSビジネスなどでは、顧客ロイヤルティの高低が継続利用に影響しやすい。
3.顧客ロイヤルティ向上の具体的な施策
このように顧客ロイヤルティは様々な方法で計測可能だ。
さらに計測結果を参考にしながら、向上のための施策を打ち出していこう。
ここでは、一般的な顧客ロイヤルティ向上の施策を紹介する。
3.1.データ収集
顧客ロイヤルティ向上のためには、満足度や使い勝手、おすすめ度などさまざまなデータを収集することが第一歩だ。
したがって、「データ収集のための体制」「ツール選定」など仕組みの構築を進めよう。
3.2.ロイヤルティプログラムの実施
ロイヤルティプログラムとは「特定の条件を満たした顧客に向けた特典」だ。
代表的な例として「フリークエンシープログラム(FSP)」がある。
FSPとは、購買頻度や利用回数に基づいて提供する施策だ。
BtoCではポイント制度やマイレージプログラムなどが挙げられる。
BtoBではマイレージといったプログラムは提供されないが、代わりに無償修理や専用のカスタマーサービス、オプション契約の割引などがある。
3.3.コンテンツマーケティングによるアプローチ
コンテンツマーケティングによって顧客の「痛み」「課題」「悩み」を取り除くヒントを提供することでも、顧客ロイヤルティは向上する。
具体的には、ノウハウ解説や課題解決につながる記事などが効きやすい。
コンテンツマーケティングは遅効性の施策であるが、継続によって集客効果も得られるため、特におすすめの施策だ。
コンテンツマーケティングと集客についてはこちらの記事でも解説している。
4.BtoB SaaSサービスで顧客ロイヤルティを向上させるには?
以上が顧客ロイヤルティ向上のための一般的な施策だ。
ここからは、さらに「BtoB」「SaaS」という2つの軸を加味して、顧客ロイヤルティ工場のためのポイントを解説する。
4.1.BtoBでは「誰のロイヤルティを向上させるか」が特に重要
BtoBでの顧客ロイヤルティ向上施策は「誰を対象とするか」が特に重要だ。
BtoBでは製品選定や意思決定に関わる人物がBtoCよりも多い。
ざっと見渡すだけでも「業務担当者」「業務部門の上長」「経営幹部」などが挙げられる。
まずは自社の製品・サービスの性質から、どの層に対するアプローチが有効かを見極めよう。
4.2.「業務担当者」をターゲットにする
SaaSビジネスの場合は、「業務担当者」の顧客ロイヤルティが意思決定に影響する。
SaaS製品の大半は「業務用のツール」であり、最先端で業務を遂行する人材の使用感を改善することがロイヤルティ向上のカギだ。
オンプレミス型の基幹システムなどとは異なり、経営幹部層の大局的な見方よりも「現場の声」が優先されがちなのだ。
最終的な意思決定は上長クラスだが、意思決定の材料は現場担当者の声が集約されたものだ。
したがって、上記の図で言えばユーザー層にリーチした施策を意識すべきだ。
4.3.製品、サービスの機能改善
VOC(顧客の声)活動を通じたユーザーベースでの機能改善は、SaaSビジネスの顧客ロイヤルティを向上させる。
特にUI、UXの改善はロイヤルティ向上効果が非常に高い。
例えばCRM製品をクラウド化し、さらにSaaSとして提供するようなケースでは、アップデートでUIが改善すると非常に喜ばれる。
VOCベースでの機能改善は開発部門の負担を大きくするが、顧客側としては「真摯に向き合ってくれている」という信頼感につながる。
4.4.営業、CS、開発、マーケティングの連携
VOCベースでの頻繁な機能改善は、マーケティング部門の力だけでは実現不可能だ。
カスタマーサポートからVOCを吸い上げ、営業を通して顧客に提供しなくてはならない。
また、上記と並行しながらマーケティングが顧客ロイヤルティをスコア化し、機能改善が本当に顧客の信頼や愛着を刺激しているかを計測する。
このように「営業」「カスタマーサポート」「開発」「マーケティング」が連携してこそ、顧客ロイヤルティは向上していく。
5.顧客ロイヤルティ向上に必要な戦略的視点
最後に、顧客ロイヤルティを向上させるための戦略的な視点を紹介しておきたい。
5.1.カスタマーサクセスを意識する
顧客ロイヤルティの根底には「カスタマーサクセス」の意識があるべきだ。
カスタマーサクセスとは、「自社製品やサービスを顧客の成功に寄与するように提供する」という考え方である。
カスタマーサクセスは施策ではなく、複数の取り組みを方向付ける概念だ。
この概念が根底にあると、顧客の痛みや課題に寄り添ったアプローチが生まれやすい。
ちなみにSaaSを利用する企業の「成功」とは、端的に言えば「業務改善」「使い勝手の向上」である。
また、その粒度が細かく正確なほど顧客ロイヤルティが高まりやすい。
5.2.カスタマージャーニーによる心情理解
カスタマージャーニーによって顧客理解が進むと、顧客の心理や思考の変遷を先回りした施策が提供できる。
カスタマージャーニーマップの作成では、ペルソナに沿ったアクションやタッチポイントも整理するため、的を射た施策につながりやすい。
カスタマージャーニーマップの作成ステップについては下記の記事でも詳しく解説している。
5.3.ニーズを先回りし「予想外価値」を提供する
顧客ロイヤルティは、「想定外価値」が提供されたタイミングでも高まりやすい。
想定外価値とは、「顧客の想定よりも質の高い価値」だ。
一般的に潜在ニーズを先回りして満たすと想定外価値と認識されやすく、結果的に顧客ロイヤルティが高まりやすい。
BtoBのSaaSビジネスならば、下記のようなケースだ。
- 不具合や改善要望への対応が想像以上に早い(当日or翌日など)
- 課題解決とともにノウハウ提供も行われる(機能の使い方に関するアドバイス、サポート)
予想外価値を生み出すためには、常に顧客のニーズを正確に把握しておく必要がある。
ニーズについてはこちらの記事も参考にしてみて欲しい。
5.4.収益性を考慮した施策立案
顧客ロイヤルティ向上のための施策は、収益に結びつくものでなくてはならない。
つまり、顧客ロイヤルティを掛け合わせて分析し、施策立案につなげることが必要だ。
具体的には、顧客を顧客ロイヤルティと収益性(高・低)でマトリクス化し、対応を検討する。
上の図のように横軸にロイヤルティ、縦軸に収益性を配置してマトリクスを組むと、施策と収益性の関連が見える。
また、マトリクスのどの位置に滞在する顧客化によって適切なアプローチは異なる。
顧客ロイヤルティをしっかりと収益に結びつけるためにも、必ずマトリクスによる分析を行いたい。
マーケティングの視点から言えば「エンジェル候補者」をいかに増やすかが重要になるだろう。
オウンドメディアとMAツールを組み合わせながら「購入者向けのお役立ちコンテンツ」「限定キャンペーン」などを提供することで、「エンジェル」へと誘導していこう。
また、抑留者や反逆者はカスタマーサポートによる伴走型のサポートが効きやすい。
エンジェルや宣教師に対しては、アップセルやクロスセルと組み合わせた割引施策などが有効だと考えられる。
6.まとめ
ここでは、顧客ロイヤルティの定義や計測方法、BtoB SaaSを対象とした具体的な改善ポイントなどを紹介してきた。
顧客ロイヤルティの向上は契約継続率や収益性の向上といったメリットを生み出す。
ただし、ターゲットが多く施策も複雑なことから、BtoCに比べて難易度が高い。
マーケティングのみならず、他部門との連携を意識したデータ収集と分析を心掛けていこう。